2013年10月15日火曜日

凶悪

★★★★☆

死刑囚の告発をもとに、雑誌ジャーナリストが未解決の殺人事件を暴いていく過程をつづったベストセラーノンフィクション「凶悪 ある死刑囚の告発」(新潮45編集部編)を映画化。取材のため東京拘置所でヤクザの死刑囚・須藤と面会した雑誌ジャーナリストの藤井は、須藤が死刑判決を受けた事件のほかに、3つの殺人に関与しており、そのすべてに「先生」と呼ばれる首謀者がいるという告白を受ける。須藤は「先生」がのうのうと生きていることが許せず、藤井に「先生」の存在を記事にして世に暴くよう依頼。藤井が調査を進めると、やがて恐るべき凶悪事件の真相が明らかになっていく。ジャーナリストとしての使命感と狂気の間で揺れ動く藤井役を山田孝之、死刑囚・須藤をピエール瀧が演じ、「先生」役でリリー・フランキーが初の悪役に挑む。故・若松孝二監督に師事した白石和彌がメガホンをとった。http://eiga.com/movie/77879/より)

非常に高水準なクライムムービーにして、さまざまな要素で“真の善悪”を受け手に考えさせるよう巧みに作られた映画だ。
そして陰惨な事件が起きる現場の終末感しか感じさせないロケーションや、山田孝之から脇役のさらに脇役に至るまでハマりすぎているキャスティングが素晴らしい。ピエール瀧とリリー・フランキーの韓国映画の悪役にも引けを取らない「凶悪」ぷりといったら温和そうな顔でCMに出ている彼らを二度と信用できないほどのクォリティだ。

残忍な殺人方法と、それを直視する映像は実際に本編を観てもらうことにして、ここで取り上げたいのは次第に“正義”の名のもとに事件に異常な執着心を見せる山田孝之扮する藤井の常軌を逸した行動だ。認知症で時には暴力も振るいだす母の世話を妻に任せっきりで彼女の相談にも取り合わず、自分は仕事に付きっきり。挙句の果てには飛び切りの大ネタを追うのに必死になるあまり、警察に捕まってしまう。

面会(というか身元引受)に妻が現れ、彼とついにまともに話しあうシーンは、本作の“人間ドラマ”の側面としてはハイライトとなっている。
「この事件を追えば被害者の魂は救われるんだ!」と藤井は言う。だから俺が仕事に追われ、事件を追うことは正しいのだと。
しかし妻は「死んだ人の魂なんかどうでもいい。生きている私を救ってよ」と嘆く
(藤井は母を施設に預けてしまうことに負い目を感じており、妻の提案をうやむやにしてきていたのだ)。
社会正義の執行に酔っていた彼は、目の前の家庭の平穏すら守らず、逃げている。殺人者が悪だとしても、追う側の人間は必ずしも善とは言い切れない。単なる探偵ものにせず「善なる人間などいないのに、人が人を悪として裁いていいのか」という根源的なテーマにまで踏み込んでいる。

事件の行方も気になるところだが、藤井が自身の家庭にいかなる決断を下すのかも見ものだ。

ヴァイオレンスムービーファンも満足の(?)陰惨としか言いようのない犯罪シーンも当然見どころである。
しかし、見慣れている人ならむしろ受け入れられるような映像の作りになっているが、むしろ池脇千鶴演じる藤井の妻の介護疲れでドンづまっている演技の方がリアルでまったく笑えない。

そして、まるで高村薫の小説に出てくる剛田刑事ばりの泥臭い捜査で真相を突き止めるシーンの各所もさることながら、上記の「真の善悪」を問いかけられる最後のシーンの迫力たるやすさまじい。
ある人物(まぁ当然藤井なんだけど)がまるで法廷に立っている被告人のように見せる演出は、セリフと相まって見事としか言いようがない。
ノンフィクション部分の要素だけでは単なるクライムムービーだったが、藤井の家庭や心理なども抉り出すフィクション部分の味付けでゆるぎない傑作になったと思う(とか言ってるが原作未読のためどこまでがフィクション部分なのかは分かりませんので間違っていたらすみません)。

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